内定者研修は義務なの?企業からの脅しに屈しないための法令解説
「内定おめでとう。ついては来週から毎週水曜、研修に来てね(もちろん無給で)」
「入社までにこの資格を取らないと、内定取り消しもあり得るよ」
苦労して手にした内定通知。しかし、その直後から始まる企業からの過度な拘束や課題に悩んでいませんか?
「断ったら内定を取り消されるかも……」という不安につけ込む企業も存在します。
結論から言います。入社日前の研修や課題に、法的な「強制力」はありません。
この記事では、労働法規や過去の重要判例に基づき、あなたの身を守るための知識を具体例を交えて解説します。
1. 「内定者研修」に義務がない法的根拠
多くの企業では「入社前の準備」として研修を行いますが、これに応じる義務は学生側にはありません。
なぜ「義務」ではないのか?
労働契約(雇用契約)は、一般的に「4月1日(入社日)」を**始期(スタート地点)**としています。
労働法において、会社の命令(業務命令権)に従わなければならないのは、契約がスタートして給料が発生してからです。
したがって、入社日前の学生に対する企業の行為は、以下のように解釈されます。
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企業ができること: あくまで「お願い(要請)」
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学生の立場: 参加するかどうかは「任意(自由)」
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法的結論: 学生の同意がなければ実施できない
【事例】これって違法? 具体的なケーススタディ
以下のようなケースは、企業の要求が過剰であり、法的トラブルになりやすい事例です。
| 企業の要求(例) | 法的な判断 | 解説 |
| 「全員参加が必須です」 | × 強制は不可 | 「必須」として強制し、場所や時間を指定して拘束する場合、それは「労働時間」とみなされます。この場合、企業は学生に賃金(給料)を支払う義務**が生じます。 |
| 「この本を読んで感想文を出して」 | △ 程度による | 教育的配慮の範囲内(数時間で終わる程度)なら許容されますが、学業に支障が出るほどの分量はパワハラの一種となり得ます。 |
| 「入社前に営業の現場に入って」 | × ほぼアウト | 「研修」という名の実労働です。もし無給でやらせていれば最低賃金法違反の可能性が高いです。 |
| 「懇親会やるから来てね」 | ○ 問題なし | 任意の参加であれば問題ありません。ただし、不参加を理由に不利益な扱いをすることは許されません。 |
2. そもそも「内定」とは何か?(重要判例)
「内定なんて、ただの口約束でしょ? 会社はいつでも破棄できるのでは?」と思っていませんか?
実は、法律上「内定」は非常に強力な契約です。
最高裁が示した定義:大日本印刷事件(昭和54年7月20日)
この裁判は、内定を取り消された学生が企業を訴えた有名な事件です。最高裁判所は、内定の法的性質を以下のように定義しました。
「始期付解約権留保付労働契約」
(しきつき かいやくけんりゅうほつき ろうどうけいやく)
漢字ばかりで難解ですが、分解するとこうなります。
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始期付: 「4月1日から働く」というスタート日が決まっている。
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解約権留保付: 「卒業できない」などの特定の事由があればキャンセルできる権利がついている。
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労働契約: すでに労働契約は成立している。
つまり、内定通知をもらった時点で、あなたは「始業日はまだ来ていないが、すでにその会社の労働者である」という地位を得ているのです。
3. 「採用の自由」の勘違いと内定取り消しの壁
企業の中には、「うちはまだ君を雇うか決める『採用の自由』があるんだ」と勘違いしている人事担当者がいます。
「採用の自由」はいつまで?
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内定を出すまで: 企業には「誰を採用するか選ぶ自由」があります(三菱樹脂事件判決)。
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内定を出した後: 契約が成立しているため、勝手な自由は認められません。
内定を出した後にそれを取り消すことは、法的には正社員をクビにする**「解雇」**と同じレベルの重い責任が伴います。
労働契約法 第16条(解雇権の濫用)
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
どんな理由なら取り消される?(OKとNGの境界線)
過去の判例(電電公社近畿電通局事件など)から見ると、内定取り消しが認められるのは以下のような「よほどの事情」がある場合に限られます。
▼ 取り消しが有効になる(仕方がない)ケース
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大学を卒業できなかった(単位不足)。
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履歴書に重大な嘘があった(大卒と偽って高卒だった、など)。
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健康状態が急激に悪化し、どうしても業務に就けない。
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犯罪行為をして逮捕された。
▼ 取り消しが無効(違法)になるケース
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「社風に合わない気がしてきた」(印象・主観)
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「研修への参加態度が悪い」(業務命令権がないため理由にならない)
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「内定者懇親会を欠席した」
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「社長の機嫌が変わった」
4. ブラック企業を見抜く「危険信号」
以下のような発言や態度が見られたら、その企業は法令順守(コンプライアンス)意識が欠如した「ブラック企業」の可能性が高いです。
危険度MAXのセリフ集
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「うちは内定期間中も試用期間みたいなもんだから」
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→ 誤りです。 試用期間は入社後(4月以降)に始まるものであり、内定期間は試用期間ではありません。
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「研修に来ないなら、入社する意欲がないとみなして内定を取り消すよ」
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→ 脅迫です。 前述の通り、任意の研修不参加を理由とした内定取り消しは「解雇権の濫用」として無効になる可能性が高いです。
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「他社の内定を辞退した証明(メールなど)を見せなさい」(オワハラ)
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→ プライバシー侵害・強要です。 職業選択の自由を侵害しています。
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5. 専門家からのアドバイス:どう対処すべきか?
もし、あなたが理不尽な研修を強制されたり、高圧的な態度を取られたりしたらどうすべきでしょうか。
① 証拠を残す
「電話」や「口頭」だけで言われた内容は、後で「言った言わない」になります。
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研修の強制メールを保存する。
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「不参加なら内定取り消し」と言われた会話を録音する、または日記に詳しくメモする。
② 学業を優先して「丁重に」断る
喧嘩をする必要はありません。まずは以下のように伝えてみましょう。
「入社後の業務にスムーズに入れるよう、研修の趣旨は理解しております。しかし現在は、卒業論文(または必須単位の取得)に全力を注いでおり、日程の調整がつきません。入社後は精一杯頑張りますので、今回は参加を見送らせてください。」
まともな企業なら、これで「学業優先でOKだよ」と言ってくれるはずです。これで激怒するような企業は、入社後も理不尽な命令をしてくる可能性が高いです。
③ 「サイレント就活」を続ける
もし企業がブラック企業だと確信したら、その企業には何も言わず、水面下で就職活動を再開してください。
内定辞退は、入社の2週間前(民法の原則では解約申し入れから2週間で契約終了)まで可能です。
企業に悟られないように別のホワイト企業から内定をもらい、その後に「一身上の都合」で辞退するのが、最も賢い自衛手段です。
まとめ
企業と学生は対等な契約関係です。「雇っていただく」と卑屈になる必要はありません。
「内定」という人質を取って無理難題を押し付けてくる企業は、早めに見限るのがあなたの人生のためです。法律は、あなたの味方です。
次回は、内定取消について考えてみます。
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特定行政書士
早稲田大学政治経済学部卒。立教大学大学院法務研究科修了、法務博士(専門職)。帝京大学や神田外語大学他首都圏の大学で企業研究・就職活動講義へ出講経験あり。就活塾の講師としても活躍。ブラック企業や就活塾に詳しい行政書士として朝日新聞・読売新聞の取材やNHK番組出演などの実績もあり。
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